第3号
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片山邦雄の「紆余曲折」 2001/3/11
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今週の目次
◆連載コラム:第四回 「アマゾンの秘薬」
◆編集後記
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◆連載コラム: 第四回 「アマゾンの秘薬」
その頃、わたしが住んでいた都心沿線の小さな駅に、彼らが現れたのは昼すぎだった。
当時、わたしは例によって植物の百科事典を編集していたのだが、取材で知り合ったカメラマンから、
アマゾンのシャーマンが病気治療に用いる飲み物に詳しいブラジル人がいると聞き、その日、
休暇を利用して東京に遊びに来ていた彼らと家のそばの駅で待ち合わせをしていた。
現れたブラジル人の夫婦を見て、わたしはちょっと意外な感じがした。「アマゾン」、「シャーマン」という連想から
どこかヒッピー風のマッチョなカップルを想定していたのだが、わたしの目の前に現れたのは、いまではもう見かけなくなった、小柄で真面
目そうな日系人の日本男児と、笑うとまだあどけない表情の残る、褐色の肌のブラジル人女性だった。そのときが、わたしとM夫妻との初対面
だった。
南米のジャングル、熱帯のアマゾンには、病気治療やもめごとの調停を司るシャーマンと呼ばれる人たちが存在し、アマゾン特有の植物を混合したアヤワスカという飲み物を使用する伝統があった。このアヤワスカ(ヤヘとも呼ばれる)、かつてアメリカ人の作家、ウイリアム・バロウズがアレン・ギンズバーグに書き送った書簡のなかで言及され、幻の秘薬と思われていた時代もあったが、現在では熱帯アマゾンの地域性を超えて、世界中に知られるようになった。
もちろん、日本の人類学者も80年代にはアマゾンに入って、フィールドワークや調査をおこないながら、
実際にシャーマンとのアヤワスカ体験などを報告しているから、日本でも研究論文や調査報告が書かれ、かなり知られるようになってきている。
実際、南米の大国ブラジルでは、このアヤワスカ(●メモ)を、スピリチュアルな覚醒の触媒として儀式に使用することを許容しており、そのような飲み物を飲む団体がいくつかあった。M氏は、そのうちのひとつでマスターをしているということだったが、その時期は、日本に長期の出稼ぎに来ていたのだった。
ちなみに、M夫妻が所属するグループでは、アヤワスカのことを「お茶」と言い、お茶を飲むことを「セッション」と呼んでいたが、そのセッションには、ひとつのきちんとした形があった。はじめ全員で「お茶」を飲んでから、しばらく「酔い」(この飲み物による効果
)を誘うようなリズミカルな音楽をかけ、ある時点で、そのセッションを導くマスターが開会の儀式ともいうべき、精霊たちを呼ぶ歌を歌う。そして、その後は、ときおり静かな音楽をはさみつつ、椅子に座って語りあうのだった。
はじめてわたしが参加したセッションでは、お茶の効果があまりよくわからなかった。肉体的にはからだがリラックスして、遠近感が多少、普段とはちがうような気がしただけだった。心理的には、子ども時代の情景をありありと思いだした。時間にして約4時間。とても懐かしい映画を観たような心地よさが残った。
最初のセッションから約3カ月後、当時、越後の日本海側に住んでいたM氏から、「お茶を飲みに来ないか」という誘いがあった。もちろん「お茶」にたいする興味もあったが、何よりも彼らの素朴な人柄に強く印象づけられていたわたしは、もう一度彼らと会いたかった。
蒸し暑い夏の日だった。ちょうどお盆の時期で、友人のカメラマンといっしょに東京を出たわたしたちは
渋滞に巻き込まれ、予定を数時間もオーバーしてやっとの思いで彼らの家についた。そこはある禅僧のゆかりの地として知られる、草の匂いのむんむんする田園地帯だった。
彼らはその頃、新潟にある自宅近くの工場で夫婦そろって働き、会社が世話してくれたアパートに住んでいた。古い2DKのアパートには、会議用の借り物の机と椅子がダイニングセットとして置かれ、段ボール箱を積み上げてつくった戸棚がひとつあった。普通
の日本人の部屋と比べると、がらんと広く感じられるほど家具が少なかった。
M氏の奥さんは鶏肉のローストや厚揚げを用いたグラタンなど、心づくしのブラジル料理をつくって待っていてくれた。食事が終わってしばらく休憩したあとで、「はじめましょうか」とM氏が言った。
セッションは宵の口にはじまった。前回と同じように、郷愁をそそるような南米風の音楽がかかる。しばらく座って聴いていると、わたしは、頭のなかに繰り広げられる極彩
色の帯のようなヴィジョンにびっくりした。「これはいったい何なのだ?」
蛍光色の赤や青のような光の玉が閉じたまぶたの闇のなかにきらめきながら、ぐるぐると回っている。
最初の1時間は、「嘔吐」という言葉に近いほど、何度も何度も吐き気や恐怖を感じる瞬間が襲ってきた。それまで目の前にあった現実感覚が変容し、自分の知覚が大きく変化していったのだ。複数の音が四方八方から同時に聞こえてくる。音楽だけでなく、隣りの家の子どもの泣き声や、外で車が通
り過ぎる音までがはっきりと聞こえてくるのだ。
それとともに、からだがまるで鉛のように重くなった。一回一回の呼吸がとても深くて長く感じられる。
そして、からだの細胞のひとつひとつが振動しはじめると、自分の精神が肉体から分離するような感覚に包まれた。さらに、記憶の彼方からは、過去の半生のさまざまな出来事が走馬燈のように過ぎ去っていく。
その夜、セッションが終わってから、わたしは彼らと夜遅くまで話し込んだ。そして、それから彼らとの約3年にわたる付き合いが始まることになった。そのあいだに、わたしがM夫妻から学んだことはとても語りつくせない。それはセッションを通
じてだけでなく、彼らの生き方によるものが多かった。
ブラジルでカメラマンをしていた彼は、日本では奥さんと昼も夜も工場で働き、わずかな生活費をのぞけば、そのほとんどを貯金していた。彼らのアパートは質素だったが、清潔でとても居心地がよかった。セッションの後は、水と果
物、そして一枚の毛布があれば充分だった。おそらく彼らをとおしてわたしが痛感させられたのは、物質的な豊かさを超えた何かだったと思う。モノにあふれた日本という国で生きるわたしたちと、彼らのシンプルな暮らしは、あまりに対照的だった。
彼らの生活は、物質的にはそれほど恵まれていなかったが、何か余裕のようなものがあるように感じられた。生きていくうえでの、いわば存在の核のようなものを持ち、満ち足りているように見えたのだ。それがいったい何なのか、わたしはぜひとも知りたかった。そして、彼らの帰国後、わたしはその問いを抱えて、日本にとって地球の裏側に位
置するブラジルを何度か訪れることになった。
--------------------------------------------------------●メモ アヤワスカ
熱帯のつる植物と灌木の葉を混ぜ、水を入れて煮出した液体のこと。ハーマイン、ハーマリン、トリプタンなどのアルカロイドが含まれており、それらのアルカロイドと幻覚作用の関連性が注目されている。
このアヤワスカを巡っては、ブラジル内でも大きく二つの見方がある。ひとつは、いわゆる幻覚を引き起こす幻覚剤として規制しようというもの。もうひとつは、アマゾンのシャーマンによって治療に用いられてきた伝統を受け継ぎ、それを人びとの更正などに用いることに一定の評価をあたえるもの。
ブラジルでは、1960年代以降、全国に広まりはじめ、1985年にはいったん厚生省が麻薬リストに加えた。しかし、その後、行政官と医学者からなる委員会が発足し、医学や人類学、神学、社会学の研究者が調査をおこない、条件付きながらも、その飲用を容認してきた歴史がある。
1995年には、ブラジルのリオ・デ・ジャネイロでアヤワスカの国際シンポジウムが開催されている。シンポジウムにはアメリカからも科学者や精神科医が集まり、カリフォルニア大学とサンパウロ大学による共同研究も発表された。共同研究の結果
では、アヤワスカに関して毒学的な見地からは無害であり、とくにアルコールや麻薬中毒の更正に効果
を発揮するという点が報告されている。
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◆編集後記
わたしが住んでいる伊豆半島はもうすっかり春の雰囲気で、
暦の「啓蟄」どおり、虫が活動をはじめました。 とはいえ、春の訪れと同時に花粉症もはじまり、
わたし自身は、 くしゃみや鼻水に苦しんでいますが……。
今回、書いたM夫妻との出会いは、もう7年も前のことで、
今となってはもうすっかり遠い思い出ですが、自分が生まれてこのかた生きてきた「現実」「自我」というものを、
一種のはまりこんでいた箱のようなものとして 外側から相対的に見ることができたのは貴重な経験でした。
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●片山が共訳した『愛という奇蹟』(ラム・ダス編著)については、パワナスタ
出版のホームページをご覧ください。 http://www.pawanasuta.com/
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□発行者 片山邦雄 mailto:kkatayama@gol.com
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