第7号
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片山邦雄の「紆余曲折」 2001/6/24
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今週の目次
◆連載コラム:第八回 「サドゥー・マーとの出会い」
◆編集後記
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◆連載コラム: 第八回 「サドゥー・マーとの出会い」
寺院に隣接するアシュラム(僧院)では、昼食が終わってしばらくすると、
夕方まで急にひとの気配がなくなる。みんなが昼寝をする時間なのだ。
夜明け前から忙しそうに働いていた人びとも、いったんは自分の部屋に戻り、
このあいだアシュラムには静寂の時間が訪れる。
北インドの山あいにあるアシュラムに滞在していたときのことだ。
わたしはこのアシュラムが静まりかえる午後、その敷地のなかを散歩してみることにした。
裏山の小川のほうに歩いていくと、崖の斜面にそびえ立つ巨木の下に人影が見える。
そっと近づくと、年配の大柄な西欧人女性が、本を片手に石の上に腰かけていた。
なにげなく挨拶をして、わたしは彼女と立ち話をはじめた。
「どちらからいらっしゃったんですか」
「アメリカから来ました」
「そうですか、お住まいはアメリカのどちらですか?」
わたしがこう訪ねると、彼女は一瞬、沈黙してから、こう言った。
「1年のうち7カ月ぐらいはここに住んでいるわ。あとはニューメキシコ州のタオスよ」
意外な返事だった。 そのアシュラムはそんなに大きくなかったので、
寺院にいるインド人以外の外国人は近郊のホテルに滞在し、 そこから通
っている場合が多かったからだ。 ところが、彼女の場合、一年の半分以上をここで過ごしているという。
さらに、よもやま話をするあいだに、わたしは、 彼女がどうしてインドのこのアシュラムと深くかかわるようになったのかを知った。
話は30年近く前のアメリカにさかのぼる。 1970年代初め、当時ティーンエイジャーだった彼女は、
ニューヨークにいたヨーガの先生から、北インドにいるある聖者の話を聞いた。
会いに行ってみたいという彼女に、 その先生は「それならば、ナイニタールという町のEホテルに行くといい。
そこに行けば、どうしたら会えるか教えてくれるだろう」と言った。
すると、インド行きを考えていた彼女に、 たまたま友人がヨーロッパ行きの片道チケットをくれた。
それで、彼女は300ドルをもって、単身ヨーロッパに旅立つことにした。
そして、今となってはどういうルートで来たのか思いだせないほど苦労して
インドにたどり着いたという。最初に持っていた300ドルも使い果
たしてしまい、 首都デリーに着いたときには無一文の状態だったらしい。
彼女は藁にもすがる思いでアメリカン・エキスプレスの事務所に行ってみた。
しかし、当然のことながら、誰も彼女にお金など貸してくれない。
途方に暮れていると、知らない男性が彼女の名前を呼ぶではないか。
びっくりする彼女に、 その人は彼女のヨーガの先生から渡してほしいと頼まれた封筒があると言った。
封筒のなかには300ドルが入っていた。 そして、そのお金で、彼女はようやく名前しか知らなかった北インドの山の町まで
なんとかたどり着くことができた。寺院を訪ねたとき、彼女はボロボロの服装で、
まるで男のサドゥー(インドの放浪する行者)のような姿をしていた。
それで、「サドゥー・マー」(マーは女性に対する敬称でマザーという意味)
というあだ名がついたのだ、と。
サドゥー・マーはここまで話すと、豪快に笑った。 それが、わたしと彼女との最初の出会いだった。
彼女はじつにさばけた性格で、「放浪するマザー」というミスマッチなあだ名が
とてもよく似合う雰囲気をもっていた。そして、その名のとおり、
人生をひとりで過ごし、いまはインドとアメリカを往復しているという。
日本にもしばらく住んだことがあり、 そのときは横浜で7カ月ほど英語を教えていたということだった。
ある日、わたしは、彼女に車で20キロほど離れたところにある
渓流沿いの村までドライブに行かないかと誘われた。 その日はめずらしく午前中から強い陽が差し、青空が透き通
るように広がっていた。 ちょうどその村まで足をのばしてみたいと思っていたわたしは、
喜んでその申し出を受け入れることにした。
インドでは4月下旬になると、首都デリーは40度を超える暑さになるが、
標高二千メートル近いこの山間部では、厚手の下着が必要なほど冷え込む。
雨期ではないので緑が濃いわけではないが、それでも長かった冬が終わり、
山の植物も徐々に芽を吹きはじめる頃だ。
車は蛇行する河にそって曲がりくねった山道を走る。 ときどき牛がのんびりと歩いていて、そのたびに車はゆっくりとスピードを落として、
牛が通りすぎるのを待つ。インドにいればお馴染みの光景とはいえ、
わたしはこのときの時間の流れかたが好きだった。 牛が通りすぎるあいだ、わたしの心の時間もスローモーションに変わるのだ。
「効率性」といった一元的な価値以外にも、いまだに価値を見出しているインドでは、
人間と動物が共生することはまったく当たり前のことだった。
車は一時間ほど走ると、川沿いの木立のなかにたたずむ寺院の門の前に停まった。
そこは、プジャリ(僧侶)のほかには、 少年がもう一人いるだけのごく小さな寺院だった。
入り口をはいっていくと、道の両側に二本の巨樹がどっしりと根を張っている。
そのうちの一本は、一見すると、花も葉もなく、枯れているように見えたが、
よく見ると上のほうにわずかに一枝だけ緑の葉をつけた部分がある、
不思議な木だった。
寺院の境内には、至るところにブーケンビリヤやコスモスなどの花々が咲きあふれ、
その下を流れる川沿いには、もう一本、幹回りが10メートル以上はあるかと思われる
巨大な樹木がそびえ立っている。そして、そのかたわらには、 かつてこの地方で名を知られた聖者たちが修行をおこない、
マハー・サマーディ(肉体から離れること)を迎えたという小さな庵が、
今も二つ残っていた。
ふと気づくとサドゥー・マーがいない。 見ると、寺院と川のあいだに木々がぽつぽつと立ち並ぶ砂地があり、
その木のあいだをひとりで歩いている。 彼女の姿は、ふだんの冗談ばかりを言って大笑いしているときとは違い、
ちょっと寂しげだった。それでも、しばらくしてから彼女はわたしの存在に気づくと、
いつものいたずら好きの顔に戻り、 「どう、ここは? まるで別
世界でしょ!」と笑った。
わたしたちは、その後すぐ近くの村にある古い寺院にも行ってみた。
そこは、さきほどの静寂さとはうってかわって、 人びとが大勢で食事の仕度をしていて、にぎやかな場所だった。
訊くと、これからちょうど結婚式があり、祝宴が準備されているという。
しかし、わたしが驚いたのは、 そこにいた子どもや大人たちがみんな彼女の姿を見ると、
「サドゥー・マー! サドゥー・マー!」と言いながら、 なつかしそうに駆け寄ってきたことだった。
みんな古くからの知り合いのようだ。 彼女もうれしそうにヒンディー語でなにやら話かけている。
そして、結婚式をしている新郎新婦を見ると、すかさずお祝いを渡したりしていた。
寺院をひと回りしたわたしたちは、かつて ヴィヴェーカーナンダも瞑想をしたという巨木の下に座った。
ちょうどそこからも、先ほどの川がすぐそばに見える。 すると、しばらく川を見つめていたサドゥー・マーが、重い口をひらくようにして、
ぽつりぽつりと話しはじめた。
「ずいぶん前に、はじめてここに来たとき、わたしは大声で泣きだしてしまったわ。
この川が氾濫して大木を押し流す様子を、幼い頃の自分が、 すぐそこにある門から見ている光景を思いだしてしまったの」
彼女が思いだしたことは、もちろん今生の話ではない。だから彼女は、
土地の人びとに、昔、そういう事実があったかどうかを確認したらしい。
すると、確かにかつて洪水があり、 そのときの姉にあたる人物が見つかったのだという。
「以前は、生まれ変わりにについて聞かれると、 『死んでなくなっちゃうよりましじゃないの。あってもいいんじゃない』
と答えたものだったけれど、こういう経験をしてしまうとね……」
サドゥー・マーの話は、わたしにとっては、にわかには信じがたいものだった。
だが、もしかすると、そんなふうにして過去の記憶がよみがえってくることもあるの
かもしれないと、わたしは思った。なにしろ、われわれの内宇宙には、
まだわれわれの知らない未知の領域がいっぱいあるのだから。
あるいは、わたしがそう感じたのも、 わたしたちが話をしていた場所のもつ独特の気配のせいだったのかもしれない。
だが、少なくともその話を聞いてから、 アメリカ人である彼女がどうして1年の半分以上を
このインドの山で暮らしているのかがわかるような気がした。
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◆編集後記
今回のインドの旅では、ヨーガのアシュラムがたくさんあることで知られ、
かつてビートルズが修行に行ったこともあるリシケシュにも行ってみました。
わたしがリシケシュでどこに泊まろうか迷っていると、 サドゥー・マーがよく宿泊するというゲストハウスを紹介してくれました。
そこは、部屋の入口の横に広いバルコニーがあり、 目の前がガンジス河に面
しているという抜群のロケーションでした。
ガンジス河の夜明けは、空が白みはじめる前の朝4時すぎ、 対岸からウミネコのような声をした鳥がいっせいに鳴くことではじまります。
やがて、黄緑色のカンジス河の流れがうっすらと見えはじめると、
河岸の沐浴場には、色とりどりのサリーをまとった女性たちがやってきます。
そして、ロウソクに火をつけ、お香をたき、カンジス河に花や葉をまいてから、
静かにお祈りをして、河のなかに身を浸します。 沈黙のなかで迎える夜明けのガンジス河は、ほんとうに聖なる河でした。
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●片山が共訳した『愛という奇蹟』(ラム・ダス編著)については、パワナスタ
出版のホームページをご覧ください。
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□発行者 片山邦雄 mailto:kkatayama@gol.com
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