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片山邦雄の「紆余曲折」


●バックナンバー 2001/7/08

 


第8号

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      片山邦雄の「紆余曲折」    2001/7/08

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今週の目次

◆連載コラム:第九回   「山に木霊するキルタン」  
 
◆編集後記

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◆連載コラム: 第九回 「山に木霊するキルタン」


  その日は、乾季にしては珍しく、午前中から雷が鳴り、 土砂降りの大雨が降りつづいていた。 わたしは3年ぶりに北インドのある寺院にやってきた。 川にかかった橋をわたって門に近づくと、 以前、訪れたときとどこか印象がちがっているのに気づいた。


  ドンドンという太鼓の音とオルガンの伴奏を背景に、 誰かが寺院のなかから大声を張りあげて、何かを叫んでいたのだ。 最初は、よく聞き取れなかったが、よく聴いてみると 「ハレ・クリシュナ、ハレ・ラーマ」と歌っているのがわかった。 雨音や川音にかき消されながらも、その腹の底から叫びあげるような声が、 寺院を囲む周囲の山に響いている。


  そういえば、前回このヒマラヤ山麓を訪れたのは冬の時期で、 まだかなり寒く、寺院もいわば冬眠している状態だった。 冬の時期、この寺院には、マネージャーと何人かのプジャリ(祭司)、 台所や庭の管理をする人をのぞけば、ごく少数の人しか住んでいなかった。 それで、前に訪れたときは、閑散とした雰囲気がしていたのだ。


  ところが、今回は大雨だというのに、妙ににぎやかなのだ。 わたしが中にはいろうとすると、 入り口に立っていた、ちょっと気むずかしそうな門番が、 胡散臭そうにわたしを見つめている。 わたしは両手をあわせて「ナマステ」と挨拶をすると、靴と靴下を脱いだ。


  インドの寺院は大体どこでもそうだが、 靴をはいたまま中にはいることは許されない。 かならず門のところで靴を脱がなければならないのだ。 それは、聖なる空間にはいるための礼節であると同時に、 足の裏から精妙なバイブレーションが伝わってくるために、 そうしているということだった。 わたしは、門の横にある蛇口の水で足を洗ってから、 寺院のなかにはいった。


  相変わらず無愛想にじろじろ見ている門番の横を通り過ぎると、 歌声が聞こえていた理由がわかった。 入り口付近のデーヴィー(女神)・テンプルの祠のなかで、 サドゥーたちがキルタン(聖歌の詠唱)をおこなっていたのだ。


  サドゥーというのは、神とひとつになるために 家族や持ち物を捨てて放浪する行者ことで、 その多くは裸足で髪とひげをのび放題にし、 一見すると、ボロボロのように見える布を裸の身体に巻きつけている。 インドでは聖地のような場所に行くと、 よくこのサドゥーの姿を見かけるが、 彼らの姿は最初に見たときは、かなり異様なものに映った。


  前回、インドを訪れたときは、ちょうど12年に一度おこなわれる 盛大な祭典である、クンバ・メーラ祭の期間にあたり、 たまたま訪れたある聖地の川沿いには、 インド国内を放浪する数千人近いサドゥーが 河原に無数のテントを張って集まっていた。 それは、見ているだけで壮観な光景だった。


  現代の日本に生きていれば、おそらく「浮浪者」というカテゴリーにしか 分類されないようなボロボロの格好をした行者が、 インドには数百万人も存在し、 その個々人がそれぞれのかたちで神とひとつになるための方法を追求し、 文化もそれを許容しているのだ。 苦行しながら放浪している彼らの姿はなかなか凄みがあり、 私にとっては驚異を感じさせる存在でもあった。


  この日、寺院でキルタンを歌っていたサドゥーは3人ほど。 ひとりは目のぎょろっとした丸顔の年配のサドゥーで、 小さな卓上オルガンで伴奏をしながら、 他のサドゥーに歌の指示を与えているところを見ると、 どうやら彼がキルタンを取りしきっているようだった。


  もうひとりは、ボサボサの長い髪を伸ばし、 顔のかなりの部分が、のび放題のひげで覆われたサドゥーだった。 さらにもうひとり、同じく髪の長い、真っ黒い顔をした 物静かな感じのサドゥーがいた。彼らは、太鼓をたたいたり、 鈴を鳴らしたりしながら、ひとりひとりが持ち回りで歌っていくのだった。


  それこそ、そのキルタンは何時間もつづく。 何度も何度も歌を繰り返すことで、各人が次第に高揚していき、 その結果、だんだん盛り上がっていくという感じだった。 その姿といい、その熱唱の迫力といい、 やはり、彼らはわたしにとっては近づきがたい存在だった。


  ところが、この寺院に隣接するアシュラムへの滞在が許されるようになって、 わたしは何かと彼らと出くわすことになった。 まず、わたしに与えられた部屋が、彼らの部屋のちょうど並びにあった。外の洗面 所やトイレも同じ場所だったから、 朝になるとかならず彼らと顔をあわせた。 そして、彼らは食事に行くときも、キルタンに行くときも、 出かけるときは、かならずわたしの部屋の前を通 っていった。


  きわめつきは食事のときだった。 このアシュラムでは、細長い食事部屋の両側の壁の前に並んで座りながら、 食事をもらう。食事の準備ができたことを知らせる鐘が鳴って行くと、 サドゥーたちは、いつも早々と食事に来ていた。 したがって、並んで食べている彼らのちょうど前に向きあうかたちで、 わたしは座って食事をとることになったのだ。


  とくに夜、薄暗い食事部屋のなかで、真っ黒な顔のやせたサドゥーや、 髪もひげものばし放題のサドゥ−を前にして食事をするのは、 何とも異様な光景だった。わたしは、まるで妖怪映画のなかのワンシーンに 迷い込んでしまったかのような錯覚さえおぼえた。


  ある日、わたしが朝食を終えて部屋にもどろうとしていると、 向こうから、ひげづらのサドゥーがやってきた。 わたしがさっさと通 り過ぎようとすると、 その日にかぎって彼はわたしの目の前に立ち止まり、 しゃがれ声で「ラデー・ラデー」と声をかけてきたのだ。 思わず、わたしも立ち止まってしまった。


  すると彼は、ひげで半分ほど隠れた顔をニコッとほころばせながら、 「どこから来たのか?」と片言の英語で話しかけてきた。 まさか英語で話しかけられるとは思っていなかったので、 わたしは一瞬とまどった。「日本から」と答えると、 彼は「そうか、日本か」と言って、また笑った。 その笑顔と、笑うと見える白い歯は、それまでわたしがサドゥーに抱いていた、 取っつきにくい、こわもてという固定観念をひっくり返してしまった。


  それ以来、私たちは、顔をあわせるとニコッと微笑んで、 ふたことみこと言葉をかわすようになった。 一見すると無愛想に見えた彼の顔も、なかなか愛嬌があるではないか。 彼の話によれば、彼らは、今回、この寺院に半年ほど滞在し、 キルタンを歌うことになっているようだった。


「あなたたちのキルタンは、なかなか迫力がある」とわたしが 言うと、 「わしは、ほんとうはキルタンはあまり好かんのだ。 だから、1日3時間だけ歌うことにしとる」 と、そのサドゥーは言った。 その飾り気のない言葉を聞いて、わたしはますます彼に興味をおぼえた。


  寺院に滞在中、わたしはサドゥーと呼ばれる人びとの 生活の一端をかいま見ることになった。 寺院の朝は早い。明け方近く、まだ寝ていたわたしは、 突然、寺院の境内に響きわたる音にびっくりして跳び起きることもあった。 時計を見ると午前5時だった。窓の外を見るとまだ薄暗かったが、 早くもキルタンがはじまったのだ。


  朝のアルティ(光の礼拝)のあとの朝食が終わると、 昼までまたキルタンがつづく。昼食後のみんなが昼寝しているあいだも、 彼らは歌いつづけた。そして、ようやく歌が終わるのは、 夕食がはじまる直前の夜の8時頃だった。


 彼らの部屋の前には紐が張られ、 服(というか、ただの布)がよく干してあった。 おそらく、沐浴をしたついでに、服を洗って干していたのだろう。 なんとなく、のばし放題の髪やひげの容貌から、風呂にもはいらず、 服も着たきりではないかといったわたしの偏見は、すっかりくつがえされた。


  明朝は寺院を発つという日の夜、 わたしは夕食前に寺院のなかのひとつひとつの場所を回っていた。 ふと見ると、ラーマ神とその妻シーター妃が祀られたテンプルの前で、 言葉を交わすようになったあのひげづらのサドゥーが 座って祈りを捧げている。 彼のまわりには、キルタンを歌っているときとも、 わたしと話をしているときともちがう、 また別の雰囲気が漂っていた。


  そのとき、いったい彼は何者なのだろうという疑問が浮かんできた。 彼はどういう人生の経緯をたどって、家族や持ち物を捨て、 いまこうして神にむかって祈りを捧げているのだろうか、と。 そして、そこには、わたしには想像もつかないような インド人特有の信仰のあり方の、大きな謎が広がっているような気がした。
 
 
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◆編集後記


 前にヴリンダーバンという聖地に行って、寺院を見学していたとき、 サルに眼鏡をひったくられたことがありました。 その寺院にはたくさんのサルがいて、わたしの眼鏡を奪ったサルは、 片手で眼鏡をもって、屋根の縁に叩きつけます。


「あっ、壊れる!」と思った瞬間、 誰かが、外のお店でお菓子を買ってくればサルが返してくれる、と言いました。 あわてて寺院の外に飛び出したわたしは、脱いでいた靴をはくのも忘れ、 しばらく裸足のまま、牛の糞の落ちているインドの埃まみれの道を歩きました。 そのとき、はじめて、インドのサドゥーと同じ経験を共有しているのだという 実感が、わたしになかに、ふつふつと沸きあがってきました。


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●片山が共訳した『愛という奇蹟』(ラム・ダス編著)については、パワナスタ 出版のホームページをご覧ください。

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□発行者 片山邦雄 mailto:kkatayama@gol.com
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